それでもなんとか生きている

普通の会社員のひまつぶしブログ。みなさんの日常に彩りとささやかな情報提供を。

2021.08.30

やる気が行方不明である。かろうじて仕事は次から次へとやってくるので、飽きずに保てている。しかし、家事をやる気がわいてこない。食欲が湧かないのである。

なんだかんだで先ほど21時前に、お昼のお惣菜の残り(チキン南蛮)と実家に帰った時にお土産でもらった茄子の煮浸し、朝食用の照り焼きチキントースト。あとプチトマトを食べた。食欲が湧かないというのは撤回しよう。

本当はあれをしてこれをしてと思うのだが、だるさマックスである。やはりレンジを買えばよかった。電鍋で温められるとはいえ、レンジのスピード調理には敵わないのか。いや、レンジは熱の調整がめちゃ難しいので私には合わないと判断したじゃないか。レンジでも多分やらないよあーたは。

とまあ、自分の中で葛藤することが多いので、多分気だるいだけなのだ。3秒後の自分、30分後の自分に賭けて失敗し続けるのである。一人暮らしの醍醐味は人からの干渉を受けないことでもあるが、人によっては自堕落まっしぐらとも言える。掃除機とコロコロの回数をドラクエのレベル上げくらい楽しくできたらいいのに。報酬中毒だわ。良くない。

2021.08.29

昔友人の子どもと遊んでいた時に、私が3歳児に会話での理解(相手の同意)を試みていたらしく、母である友人から面白がられながら「いや、子供は説得できんよ、自分のことよくわかってないからさ」的なことがあった。

最近、ワクチン2回目で寝込んだ母に対して、あきらかに様子がおかしい異常時で命の危険がないのであれば、同意をとらなくても行動した方がいいかもと思うようになった。

両親ともに副作用で熱が出たのだが、母親が眠れないという。暑くて眠れないのだろうと「アイスノンはいる?」と聞くと、頑なに拒否をされた。頭部が熱いから眠れないことは顔色を見ていて明白だったので、試しにアイスノンを持って、「いいから使い」と枕の上に置いたところ、5分もしないうちにすやすやと眠っていた。流石に笑った。

私はどうも人間は対話ができると思い込んでいる節がある。同意、先方の意思を確認しなければならないと無意識に考えてしまっているらしい。医療従事者の方とかは常にそれと戦ってるのだと思うが、明らかに相手がわかってない時に、説得を試みるのは難しい。とはいえここで母はぐっすり寝付けたので私の判断は正解だったと言える。

相手の命を守ること、知識差があり意思を持つ人を相手にする仕事は大変である。ごねる相手を説得しようとしたら悪化し、死ぬ事だってあるわけだ。私が今回の母のような立場だったこともたくさんある。医師や看護師、介護士、保育士、命を扱い人をケアする人たちのジャッジは重い。うまくいくか行かないかわからない場合もあるのだ。頭が上がらない。

子育て、両親もよく自分をここまで育ててくれたなあと、最近になってようやく感謝の気持ちが湧いてくるようになった。日に日に自分も衰えているし、あと10年したら親の介護も始まるだろう。ゆっくりとやってくるその日を静かに待とうと思う。

2021.08.28

ちょっとしたことで人生は良くなるのだと思う。そしてちょっとしたことで辛くなる時もある。

一つ一つスッキリさせることで前に進めてきたけれど、そんな時間がなくなってきたことに気づいている。一つ一つをスッキリさせる段階から一つ上に上がったらしい。

世の中はたくさんの問題がある。一つ一つが重要で、一つ一つが辛い体験を生んでいる。その中で自分がやるべき役割はなんなんだろうか。抽象的な会話を嫌う人が増えたように思う。わかりやすい説明があふれ、わかりやすい漫画が増え、知らない人にも共感しやすくなっている。それはなぜわかりやすいのかというと、誰かが整理して解釈してオチをつけてくれているからだ。自分の代わりに。自分で決めずに他人に委ねることで、他人を立ててあげた、他人に優しくしてあげたという人の多さに驚く。責任を他人に委ねているだけなのに、それはあなたのため、あなたが喜ぶからそうしたと、自分に蓋をして被害者ぶる。

頭脳労働、考えること、有象無象の中から自分のヒントを見つける時代は終わりつつあるのかもしれない。誰かがやってきたエッセンスをうまく取り入れることが生きることになっているのならば、私は死んでしまいたい。

2021.08.18

ちょっと嬉しいことがあった。いやとても嬉しいかもしれない。長年かかえていた心の中にあるもやっと感がようやく晴れた。こんなにも清々しい気持ちになれたとは!

そんなことを思ってうかれていたら、風呂の栓を抜いたままでお湯はりをしてしまっていただめだこりゃ。

今日はご飯も炊いたし、室内用の洗濯物干しも組み立てたし、ちょっと晴れ間も出たのでほっとしている。北欧に憧れているけども、雨が続くと陰鬱な気持ちになるから、移住先としては辛いかもしれないなあ。頭痛持ちですし。うん。

2021.08.17

なんか病んでる。多分雨だからだと思う。頭も身体も重い。雨だと外に出られないからたいくつだ。冷凍庫にエビがあるけどエビを食べる気になれない。

マックが食べたい。昨日朝マックしたけどマック食べたい。でもUberの配達員さんが近くにいないらしい。そりゃあそうだ雨だもの。雨に運びたくないよね。

食べ物というのはめんどうである。ご飯を炊かなくては。キムチを買ったけど、キムチチヂミにでもするか?味噌汁豆腐つくればいいか?いや、冷凍水餃子あったなあ。

ああ、食べ物の話しかしていない。アフガニスタンタリバン政権が女性に29のルールを課したそうだ。なんで生まれただけで行動を制限されなければならないのか…。病気の診察は女医に限るが、勉強はするなと言う矛盾。女医は勉強せななれんやろ。どういう思考でそうなるのか。遺伝子操作で男しか産みたくない。怖すぎる。それでも男の中でも序列があるのだろう。他国で見るとやはり気持ち悪いのだが、自国で見るとそうではないように思える典型な気がする。

はあ。なんかスカッと平和な日々になってくんないかな。心痛むニュースが減ればいいのに。

 

2021.08.16

今日は午後から半休を取った。好きな場所に来ている。思ったより人出は多く、月曜の平日とは思えない。まだお休みの人もいるのだろうか。

サイゼリヤで食事をする。サイゼリヤは好きだ。いろいろ食べてると1000円超えてしまう。平日はコンソメスープがあることも知った。チーズもちゃんとしているし、ワインがドリンクバーより安いのもすごい。ミニフィセルというパンもサクフワで美味しい。一番頼むのはキャベツのスープかもしれない。あれはとにかくうまい。仕上げはオーブンで焼いているのかな。

自分が痩せこけていた時に食べれたのはりんごと豚しゃぶだった。他のは気持ち悪くて食べられなかったのだ。今はなんでも食べれるようになったので、私にそんな時期があったとは誰も思わないだろう。

高校を辞めて、アルバイトの面接に受かったのがイタリア料理店だった。ピザを窯で焼くお店で、美味しいサラダもあった。そこのおかげで私は社会に戻れたと思う。それからも振り戻されることも多かったが大学にいき、社会人になってきつい思いもし、ヨガの講座を受けて、わりと楽観できる術を身につけた。いまだに揺れ戻しはくるが、それよりも頭痛と体力の衰えを感じる。

世の中は競争社会である。決して優しいものではない。お金がなければ暮らしていけないし、人は勝手に他人に理由をつける。理解できない存在に敬意をはらわない人も多い。

自分たちの権利を守ろうと自分たちの首をしめ続ける人たちの社会で、それにはじかれた人を小馬鹿にするような風潮は"情け"がない。自分たちの"仲間"にだけ情けをかけるような世界では、分断し、見えない人が生じ、健常なはずでも病む人が生まれることは当然のように思う。

17歳の頃の自分にあったら、「少しは楽になるよ、その苦悩のおかげで世の中に染まらなくてすむよ」と言うだろう。

私がそんなことを思い出しながらも、食事を楽しむ人々は笑顔で幸せそうである。しかめっ面をしながら食べているのは携帯を見ているサラリーマンくらいだ。それでも、サイゼリヤはおいしい。一度食べられなくなったからこそ、食事を大切に摂りたいと思う。

2021.08.06

昨日はすごく嫌なしめくくりになった。

自分の感情的さや盲信的さを理由に、私の推している業者を選ぶべきでいないということを言われたからだ。私にも業者にもとても失礼だと思う。それは機能と関係ないからだ。

 

技術で選択するつもりはないようだ、よくある政治、ムラ的なものであって、何をしたいかも明確ではない。

 

印象で決めているのはそちらであるのに、自分の感情的さで能力が落ちていると思われていたのは、心外である。私は機能ベースで考えている。彼らはどうなのか。

少なくとも、思考している事象が違うことはわかった。私の人間性がどうだという話は私と解決すべき事象であって、業者の選定として議論の理由にするには健やかさがない。とても残念である。